ブログをやめてから、旅が変わった
――世界一周の途中で起きた静かな変化――
結論|ブログをやめたら、旅が“自分のもの”に戻ってきた
ブログをやめて、最初に感じたのは不安だった。
「何もしなくていい時間」が、こんなに落ち着かないものだとは思わなかった。
でも数日経って、はっきりわかった。
記録のためでも、誰かのためでもない。ただその場所にいて、感じて、歩く。本来の旅が、静かに戻ってきた。
ブログを書いていた頃の旅は「常に頭が忙しかった」
ブログを続けていた頃、旅は二重構造になっていた。
- 目の前で起きている旅
- 頭の中で編集されていく旅
景色を見ながら、同時に文章を考える。感動しながら、写真映えを気にする。トラブルが起きれば、「ネタになるな」と思ってしまう。
楽しいはずなのに、どこかずっと**“仕事中”**だった。
夜は宿に戻ってWi-Fiを探し、書き終わるまで外に出ない。「今日も更新できた」という達成感と引き換えに、その町の夜を、何度も逃してきた。
やめた直後は、時間の使い方がわからなかった
ブログをやめて最初の数日は、正直かなり落ち着かなかった。
- 朝起きてもやることがない
- 写真を撮っても使い道がない
- 夜になっても書くものがない
「これでいいのか?」
「何も残らないんじゃないか?」
そんな不安が、何度も頭をよぎった。
でもその**“空白”こそが、これまで削り取られていた時間だった。**
ブログをやめて起きた4つの静かな変化
変化① 何もしない時間を、楽しめるようになった
ブログをやめて一番大きく変わったのは、何もしない時間への耐性だった。
- カフェで1時間ぼーっとする
- ベンチで人を眺める
- 目的なく歩く
以前なら「無駄」と切り捨てていた時間が、旅の一番うまい部分だと気づいた。
変化② 人との会話が「ネタ」じゃなくなった
前はどこかで、人との出会いを記事にする前提で見ていた。
- 面白い人
- 使えるエピソード
- 書けそうな話
でもブログをやめてからは違った。
変化③ 旅のスピードが、明らかに落ちた
ブログを書いていると、どうしても「進まなきゃ」という意識が強くなる。
- 次の国
- 次のネタ
- 次の更新
でも、やめてからは違った。
変化④ 記憶の残り方が変わった
不思議なことに、書いていない今の方が、記憶が濃い。
文章にまとめていないから、体の感覚で残っている。
- 空気の匂い
- 石畳の感触
- 雨の音
ブログをやめて失ったもの、得たもの
失ったもの
- 更新の達成感
- 数字の反応
- 「見られている」という安心感
得たもの
- 自由な時間
- 心の余白
- 旅を味わう感覚
正直、どちらが正しいかじゃない。ただ、今の自分には後者が必要だった。
まとめ|やめたからこそ、旅が続いている
もしあのままブログを続けていたら、たぶん旅そのものが嫌いになっていたと思う。
ブログをやめたことは、旅を諦めたんじゃない。
また書きたくなったら、そのときは自然に書けばいい。
旅は、
- 急がなくてもいい。
- 残さなくてもいい。
ただ、ちゃんと生きていればいい。







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